こんな感じで生きてます

認知症の両親、私、息子、猫の毎日を綴ります。

皆様のコメントで気持ちの建て直しが出来そうです

✨Kanahiro様
✨のムのム様
✨チャーコ様
✨石畳のん♪様
✨Jenny様
✨カズ様
(順不同でございます)

それから、拙ブログを読んで下さった皆さま

ありがとうございましたm(_ _)m

「最期に救急車を呼ばなかったこと」は、親戚や近所の人には、その時の状況をなかなか話しづらくて、リアルで人に話したことはありませんでした。

だから、私がいつまでたっても元気にならないのを、「親なんて先に逝くものなんだから、いつまでも泣いてちゃダメよ」なんて言われていたのですが(笑)、父を亡くして悲しい寂しいの気持ちは落ち着いても、救急車を呼ばなかったことが、ずーっと心の重石になっていました。

けれど、父が亡くなった時の詳細をブログに書いて、皆様が父を幸せだった、良い最期だったとコメントして下さったのを拝読して、ああ、私は間違っていなかったのだと思うことが出来そうになってきました。

本当に、心より感謝いたします。

ありがとうございました。

ブログを書いていて良かったです。
良かったと思えるのは
皆様のお言葉のおかげです(*^^*)

備忘録・父が亡くなった朝の不思議な出来事

前々回の記事に日時の間違いがございました。

訪問診療が12月1日(金)
このブログの休止が2日(土)でした。

そして12月3日(日)の朝7時頃、父の食事介助を始めました。このころの父は、用意した量の半分を食べればよい方で、それゆえ往診の先生に経鼻栄養をお願いしてしまったわけですが、この日の朝、父は8割方の量を食べてくれました。
私はびっくりして嬉しくて「お父さん、たくさん食べたね!この調子で食べてくれたら、鼻に管を入れなくてもいいかもよ」と話しかけました。

父は、認知症のそれとは思えない力強い視線でまっすぐに私の顔を見ていました。その顔色は、少し上気したような血色の良い色で、口角を少し上げていました。そのせいか笑っているように見えました。
「どうだ?たくさん食べただろう?」
そう自慢しているようにも見えました。

食器を下げ、口腔ケアの準備をし、介護ベッドの背もたれの角度を45度ぐらいに下げ、いつものように父の口に開口補助具を入れようとしたときです。

普段なら何の抵抗もなく口を開けてくれる父が、ちっとも口を開けてくれないのです。
「お父さん、口を開けて」と言いながら、私は口元や口唇のマッサージをしました。

ところが父は、天井の一点を見つめたまま微動だにしません。私は父の視線の先に回り、父の目の前で手を振ってみました。父はまばたきもせず、すっと視線をずらしました。

ずらした視線の先は、天井の隅でした。今度はそこをじっと見つめながら、軽く口を開け、また口角を上げたのです。その表情は、なんとも穏やかで良い表情でした。

私はこれまでの人生で、人の臨終に立ち合ったことはありません。けれどもこのとき、父は今逝こうとしているとなぜかはっきりわかりました。

それにしても、逝こうとしている人間が、こんなにも良い表情をするのかと驚いたのです。見ようによっては「嬉しそうな顔」をして、父は天井の隅を見つめていました。

私は大声で、別室にいた母と息子(父の孫)を呼びました。私の声も身体も震えていました。
「じいちゃんが、じいちゃんが」それしか言えなかったけど、息子も認知症の母も状況を察して、父の腕をさすり、懸命に呼び掛けました。

父は何も反応せず、相変わらず良い表情で天井の隅を見つめたままです。

私は往診の先生の携帯に電話をしました。幸い、先生はすぐ電話に出て下さいました。父の容態がおかしいと告げると、先生は少し絶句して「こないだはそんな様子はなかったのにね。今、学会の集まりで池袋に来てるの。すぐそちらに向かうけど2時間ぐらいかかっちゃうかな」「池袋ですか!」

一瞬、救急車を呼ぼうかと思いました。しかし、蘇生を試みたところでそれは無駄だろうとわかっていました。運良く蘇生出来たとしても、その後身体中に管を付けられて、数週間か数ヶ月かを生かされるだけなのです、83歳の父が。

逝かせてあげるのが、いちばん父の身体に負担がないのだと、私はわかっていました。だから救急車を呼ぶことはしませんでした。

でも、怖くて怖くて、電話の向こうの先生に「どうしたらいいですか?」と尋ねました。先生は「呼び掛けてあげて。ご家族の声を聞かせてあげて」と仰いました。

やがて父の目線は天井の隅から外れ、目から力がなくなり、瞼が落ちてきました。
そして下顎が小さく動き始めました。これが、死の間際に見られる「下顎呼吸」なのだと思いました。

「先生、下顎で呼吸しています」
「ああ、もうそれは・・・急いで行きますね」
「先生、急がないで下さい。安全運転で」

私は壁掛け時計を見ました。8時25分頃でした。

私は「お父さん!」と、母は「あなたー!」と、息子は「じいちゃん!」とそれぞれの呼び方で父に呼びかけました。聞こえていたかなー。
それからすぐに、父の下顎は動かなくなりました。 瞼は自然に閉じていました。

☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆

しっかり朝食を食べて、穏やかに父は逝きました。
そんなに管を付けられるのは嫌だったのでしょうか(笑)

父が見つめ続けた天井の隅には、迎えに来てくれた父の両親や兄がいたのでしょうか(笑)

誰もが、父は幸せな最期を迎えられたのだと言って下さいます。
でも私は、救急車を呼ばなかった自分が許せません。助からないとわかっていても、主治医が来られない状況だったのだから、呼ぶべきだったのではないかと、今でも思い返すと胸が苦しくなります。

コメントありがとうございます。・゚・(ノ∀`)・゚・。

kanahiro様
石畳のん♪さま様
チャーコ様
のムのム様
(順不同でございます)

ご無沙汰していたにもかかわらず
読んで下さって
コメントまで下さって
本当にありがとうございます!

まさか読んでいただけるとは思っておりませんでしたし、ましてやコメントを頂けるとは思っておりませんでした。

皆様のコメントを拝読して私は泣きました。

おひとりおひとりにお返事書かずに
申し訳ございません。

これまで、父の介護の話を中心にブログを書いていて、皆様から応援や励ましを頂いていたのに、父が亡くなったことをすぐにご報告もせず、皆様にお礼も言わずブログをほったらかしにしていて、すみませんでした。

50も過ぎて情けない話なのですが、父が死んで、自分でもびっくりするぐらい落ち込んでしまいました。ブログを書こうとしても、どうしても書けませんでした。ブログだけではなく、友人や近所の人としゃべることも出来なくて、心療内科に通ってカウンセリングを受けていました。

カウンセリングの効果か「時間が薬」だったのかわかりませんが、この頃、父の死も含めて様々なことを客観視出来るようになってきましたので、父の穏やかだった最期を、皆様にご報告しようと思うに至りました。

父の最期は、ちょっと不思議な出来事もあって(笑)
私自身、書き残しておきたいなぁとも思ったのです。

でもその前に、コメントを下さった皆様に
心よりお礼申し上げます。
ありがとうございましたm(_ _)m(*^^*)

備忘録・父が亡くなる前日のこと

昨年12月2日に「父の状態が良くないので」とネットを離れ、半年以上が過ぎました。

結論から言うとその翌日、12月3日に父は亡くなりました。

実は、11月の下旬から、父の食事摂取量が少し落ちていました。父のような状態で摂取量が減るということは、すなわちお迎えがすぐそこ、ということです。

私は、父に限って言えば「口から食べられなくなったら無理な延命はせず、静かに見送る」と決めていました。

老いて、認知症の末期で食べられなくなって死んでいくのは、非常に自然な終わり方でありましょう。
それに父は83歳でしたから、その終わり方ならそれは天寿を全うしたと言えるとも思っておりました。

そう決めていたのに、実際に食べる量が減っていく父を見ていたら「何とかして生きていてもらいたい」と思ってしまいました。

私は父を失うことが怖かったのです。大好きな父には、寝たきりだろうが何だろうが、生きていてほしかったのです。

食べられなくなっていく父をただ見守るだけというのは、非常に辛い時間でした。終末期に「無理な延命はしない」という選択は、自然で合理的ではありますが、選択した当人はともかく、介護者としては、このまま死なせていいのか、過激な言葉になりますが「見殺し」に近いのではないか、そんな思いが浮かんでは消え消えては浮かび、私は必死な思いで、父の口元にスプーンを運んでいました。ひとさじでも多く食べてちょうだいと祈りながら。

そして12月2日は、ちょうど訪問診療の日でした。
私は先生に「延命はしないと言っていたけれど、もう少し、父と一緒にいたいです」と言いました。少し涙ぐんでしまったと思います。

先生はしばらく考えて「それじゃあ経鼻で栄養を入れようか。でもそれで1週間延びるか、1ヶ月延びるかはわからないよ」と仰いました。

「お願いします。管はしないと言っていたのにすみません」

「あやまることないよ。いざ死期が近いとなったら、何とかしたいと思うのが人間でしょう。ましてや親御さんだものね。じゃあ月曜日にやりましょう」

先生と私は父のベッドの横でそのような会話をしました。父にこの話がわかるわけがないのですが、「もしかしてわかっていたの?お父さん!」という出来事が
翌日(亡くなる当日)にありました。

See you again someday

父の状態が良くないので

しばらくネットから離れます。

今までは介護だけでしたが、看病も加わりそうなので(◎-◎;)←プチパニック(笑)

こんな日記ブログ駄ブログを読んで下さった皆さま、メッセージを下さった皆さま

ありがとうございましたm(_ _)m

ひょっこり戻ってきたら、またよろしくお願いいたします(*´∇`)ノ

にほんブログ村 その他日記ブログ 50代 日々のできごとへ
にほんブログ村

思った以上に体内がBBAになっていてガックリきた件

父の訪問入浴が上手くいき、ホッとした私は、月曜・火曜に健康診断に行きました。ここ数年両親のことで手一杯で、健診とか受けていませんでした。身体のあちこち不調もありますので、今年は市の健診に行くつもりでした。でもその機会を逃したので、月曜日に総合病院、火曜日にレディースクリニックにそれぞれ健診を予約していました。

私の現在の最たる悩みは、首の痛みと頭痛と目眩です。

首は昔からストレートネックですが(原因はピアノとパソコン)、そこに頭痛と目眩が加わったので、素人の私は首が諸悪の根元だと思っていました。

ところがその思い込みがあっさりくつがえされました。

血圧が高かったのです!収縮期が140越えで医師が「高いね」とひとこと。

「えーっ、昔は低血圧と言われていたのに」 

そう、私は低血圧で貧血。身体が弱くてピアノが上手い美少女として近所や学校で有名だったのです。

美少女は嘘ですm(_ _)m

「女性はそういう人多いんですよ。頭痛と目眩は血圧かもね」

血液検査の結果は後日なので、まだ具体的に血圧を下げる治療などはしませんが、先生は、ストレスをためないように、ウォーキングをするようにとおっしゃいました。

ウォーキングは出来るけど、ストレスをためないっつーのはムリポ(笑) 現代人はストレス込みで現代人なのよ先生。

身長157.4㎝ 体重40.3㎏ これもダメだと言われました。骨粗しょう症の恐れあり。筋肉付けなさいと言われました。

50代でも筋肉ってつくんですか?と尋ねたら、運動すればつくそうです。運動で筋肉だけでなく骨量も増えるんだとか。

自分で老化の自覚は数々ありました。徹夜が出来なくなったとか、高い所からピョンと下りられなくなったとか、痩せているけどヒップがたるんだとか(笑) 数え上げたらキリがありません。でも身体の中も順調に(?)老化しているのだなぁと思ったら、ガックリきてブログ日記を書く元気もありませんでした( ´;゚;∀;゚;)

健診の結果が出たら、病院から連絡がくることになっていますが、もういいよ聞きたくないよと思ってます。血圧が高いだけで充分さ(笑)

息子に、私がポックリ逝ったらじいちゃんばあちゃんを頼むねと言っておきました。息子は「んぁ」と能天気に返事をしていましたw

とりま飲んでます↓ 

f:id:lefreak559:20171129132258j:plain

読んで下さってありがとうございます。

にほんブログ村 その他日記ブログ 50代 日々のできごとへ
にほんブログ村

初の訪問入浴・ちっと泣きそうになった←私がw

f:id:lefreak559:20171126001400j:plain

まずは洗髪から。この写真のあと、シャンプーをもこもこに泡立てて、父の頭を優しくかつしっかり洗って下さいました。

その様子を見ていたら、私は不覚にも涙ぐんでしまいました。父はさぞかし気持ちいいだろうと思ったら、訪問入浴がありがたくてありがたくて、泣きそうになってしまったのです。

でもこの日は、訪問入浴のスタッフさん以外にも、ケアマネさんと、福祉用具会社の方がおふたり、訪問入浴の会社の責任者の男性と人がたくさんいたので泣きませんでしたが(笑)

f:id:lefreak559:20171126002121j:plain

f:id:lefreak559:20171126002212j:plain

身体中、キレイに洗っていただいて、シャワーで流していただいて終了!

身体を拭いたら、普段使っている保湿剤を塗って下さいます。服を着せるのも髪の毛をドライヤーで乾かすのも、ぜーんぶやって下さいます。

最後にもう一度看護師さんがバイタルチェックをして下さって、記録票を記入されます。その間に他のスタッフさんたちは機材の撤収↓

f:id:lefreak559:20171126003139j:plain

 

全て終わったのがジャスト14時。13時に「はじめまして~」とご挨拶して、ピッタリ1時間で終わったのです。

契約時の説明で「だいたい1時間ぐらいで終わりますよ」と伺っていましたが、本当に1時間で終わったのでびっくりしました。

初めて訪れる家で、これだけの作業を1時間で完遂させちゃうなんて、すごい手際の良さ!すごいチームワーク!もう、感動してしまいました。

今さらなんですけど、やっぱりお風呂っていいものなんですね~。

この夜、父は普段よりぐっすり眠ってました。いつも足先が冷たいので、秋冬は湯タンポ入れたりするのですが、それも必要ありませんでした。

訪問入浴という仕組み、そこで働く方々に感謝、感謝です( ;∀;)

 

読んで下さってありがとうございます。

にほんブログ村 その他日記ブログ 50代 日々のできごとへ
にほんブログ